猫がいた生活

実家の猫が昨夜23歳という人生に幕を閉じました。私は小さい頃から猫がそばにいる生活をしてきました。この猫はまさに思春期も共に過ごしてくれた長生き猫です。

最期は1番長く一緒にいた母が、猫の側でお迎えを過ごしてくれました。とても安らかな最期だったようです。

思春期の頃は親が仕事で家を空けていることが多く、兄弟も離れていたので、猫と一緒に家で時間を過ごしていました。

その為、上京するまでは実質私が面倒をみていました。

私は他の家と比べて大切にできただろうか、そう考えると決してそうではなかった。避妊手術も遅かったし途中まで外猫にしていたし、ご飯も特にいいものをあげていたわけではなかった。言ってみれば意識が低い飼い主だった。

この猫はとにかく性格が良かった。優しくて穏やかで、少し触るだけで喜んでゴロゴロと喉を鳴らすのです。しかし動体能力が半端なく、外に出ていた頃は学校から帰ると色んなものを山から狩ってきては、私の部屋に置いておくのです。雀から鳩まで、蛇がいた時は部屋にしばらく入れず困り果てたものです。

上京してからは母に任せ、母は心配する私を気遣い猫の近況をよく教えてくれていました。

母に任せて良かった。こんなに大切に見送ってくれてお花もたくさん入れて、これから火葬されるのです。

私はまだまだ子供だと実感します。寂しさと裏腹に責任を取る覚悟が母ほどにはないのです。一緒に年老いていったパートナーである猫との別れが母にとってどんなに辛いものか。

母と猫、常に寝食を共に過ごしてきた二人にしか分からない関係性と信頼が構築されてきたはずなのです。

それでも電話口では気丈に振る舞う母の強さに、小さい頃に感じた安心を委ねている自分がいます。

私もいい歳です。大好きな猫の寿命がきたことが、様々な死を受け入れて乗り越える試練の始まりに思えてなりません。

可愛いもんちゃん沢山の思い出をありがとうね。また天国で再会しましょう!